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「生きがい」「やりがい」が簡単に見つからない理由 ~「死にがいを求めて生きているの」を読んで

「仕事にやりがいが見つからない」
「そもそも何もやりたいことがない」
「どうしてみんなそんなイキイキ働いているのか
分からない」

そう思う人は多いと思う。
私も人生の大半はそう思って生きていたし
(人材業界は割と好きだったけれど)
再びまたそう思うことが多くなっていた。

そんな中、令和元年で一番、人生観、
仕事観がガラッと替えられた、読んで
大きな影響を受けたと感じた本を
紹介したいと思う。

著:朝井リョウ
「死にがいを求めて生きているの」
である。

  • 単行本: 473ページ
  • 出版社: 中央公論新社 (2019/3/7)
  • 言語: 日本語
  • ISBN-10: 4120051714
  • ISBN-13: 978-4120051715
  • 発売日: 2019/3/7



【内容紹介】

誰とも比べなくていい。 
そう囁かれたはずの世界は 
こんなにも苦しい―― 

「お前は、価値のある人間なの?」 
朝井リョウが放つ、
〝平成〟を生きる若者たちが背負った自滅と祈りの物語 

植物状態のまま病院で眠る智也と、献身的に見守る雄介。
二人の間に横たわる〝歪な真実〟とは? 
毎日の繰り返しに倦んだ看護士、
クラスで浮かないよう立ち回る転校生、
注目を浴びようともがく大学生、
時代に取り残された中年ディレクター。 
交わるはずのない点と点が、智也と雄介をなぞる線になるとき、
目隠しをされた〝平成〟という時代の闇が露わになる。
今を生きる人すべてが向き合わざるを得ない、自滅と祈りの物語。

amazonより抜粋)

 

 


まずこの作品は「螺旋プロジェクト」という
8作家による文芸競作企画に乗ったうえで
書かれている、ということが大前提。

 

このプロジェクトには共通ルールがあり、
・「海族」と「山族」の対立構造を描く
・全作品に同じ「隠れキャラクター」を登場させる
・任意で登場させることができる共通アイテムが複数ある

 

【あらすじ】※ネタバレあり、簡易的に要約しまし
智也(海族)は雄介(山族)と小学生時代から
大学時代まで長らく友人関係を持続させていた。
性格がほぼ正反対、周りからも「なぜ2人は
友達なの?」とも言われがちなのに
友人関係を続けていたのには理由があった。

智也はある事情から、山族である
雄介を見張る理由があったからだ。

雄介は血気盛んで自ら好んで争いを選ぶタイプ。
時には親友にさえ難癖をつけ喧嘩を吹っ掛ける。
高校時代には、定期テストのランキングに入って
いる自分の名前を見て喜んでいた。
(つまり「勉強の争い」に喜びを見出している)

大学生になると、自分にはもともとの関係のない
学生運動などに参加、それがきっかけで
テレビ出演も果たす。
テレビ出演で出会った知人から真実を指摘されると、
簡単に今の生きがいを捨て、
その知人に感化され、今度は自衛隊に入ろうとする。
雄介は、「生きがい」に渇望していた。

本当は喧嘩したいわけでもなく、学生運動の問題に
興味があるわけでもなく、「熱中できるもの」を
無理やり見つけ、それを自分の生きがいだと
思い込もうとしていた。
雄介が次に「生きがい」として目をつけたのは、
海山伝説だった。

それに「騙されたフリ」をしようとしていた雄介を
智也は止めに入る。もみ合いになった末、雄介が
原因で智也は怪我を負い、意識を失い、
植物状態になってしまう。

毎日お見舞いに来る雄介。
(このパートが、作品では冒頭に当たる)
しかしそれも本望ではなく、
「親友を熱心に見舞うこと」を
新しい生きがいとしていたのである。
先に聴覚だけ戻った智也は、聞こえてくる
会話からそれに気付き、なんとか自力で
目覚めて再び雄介に挑もうとするところで
物語は終わる。


◆「生きがい」「やりがい」が
簡単に見つからない理由

衝撃的だったのは、「生きがい」を捏造し
「生きがいがある自分」に陶酔する雄介
という人物でした。

この作品を読み、雄介という存在を通して
思ったのは「生きがいって
そう簡単に見つかるものではない、
ってのは分かっていたけれど、
自分だけじゃなく世の中の人
みんなそう。見つかっていそうな人も
実は偽装している可能性だってある」

ということ。

小学生であれば熱中できる遊び。
中高生でいえば勉強。
大学生であればサークル。
社会人になれば仕事、が
当てはまるのだろうか。
それらに熱中している人=
キラキラしている、かっこよく
見えるけれど、本当にその人たちは
熱中しているのだろうか?
雄介みたいに「生きがい偽装」している
人もいるのでは?

と、思い出したのは、
学生時代、クラスで目立っていた人気者達や、
昔働いていたベンチャー企業で、
「なぜそんなに?」と思うほど「働く事」に
一生懸命だった上司や同僚だった。
試しに記憶しているフルネームで検索してみると、
驚いたことに、みんななぜか顔出しして
何かしらのメディアに出ていた。


会社役員になったり、事業を起こしたりを
繰り返している人。
とにかく自分の人生を語りたい人。
演劇をやっている人。
タイプは色々だが、学生時代に
目立っていた人は一様に画像検索で
名前がヒットした。

目立っている=キラキラして

見えるけれど、じゃあ自分はどうしたいの?
と考えたら、別に目立ちたいわけではないから
「そうか、キラキラなんて本音は求めてないけど
みんなが持っているから欲しくなっただけなのかな」
とも冷静に自己分析することもできた。
(※目立つことが悪いこと、というわけではなく)

 

 

 

とあるベンチャー企業で働いていた時、
とにかく「働く事」が大好きな人たち
ばかりで、ある先輩はカフェで一人会議とか
やっちゃうタイプの人だった。
今どうしているかな、と名前検索してみたら
当時のグループ会社内で全く違う職種でも
変わらず活き活きと働いていた。
どうしてわかるかというと、
会社HPの「社員紹介」のページに堂々と
出演されていたから。


当時の社長は、全く違う業種の役員になっていて
「なぜその業種に?」と疑問に思った。
そこで感じたのは、
「みんな一見、イキイキ働いているように
見えるけれどそうでもないのかも?!」
ということ。もしかしたら本人はその時その時で
やりがいを感じているのかもしれないけれど。
有名な会社社長なども、
「なぜそっちからそっちに?」
と言う経歴も珍しくない。今までは
彼彼女たちの語る「その企業の経営方針に強く
共感して」とと言う言葉を素直に信じていた。
でも、全員が全員そうではないのかもしれない
ということにやっと気づいた。

世間の人はとっくに気付いていることかも
しれないけれど、大人の常識、社会の裏常識
かもしれないけれど、私はやっと気づくことが
できた。

私調べの中では、数は多くないが
「その道のプロ」「トップ」になっている方も
いた。だから「生きがい」「やりがい」は
存在しないわけでもないけれど、
見つけるのはかなり難しいのだと改めた悟った。
宝くじで大金当てるような確率なのに、
私は今まで「なんで当たらないんだ」と
宝くじもそんなに買っていないのに
嘆いていたんだと。


「生きてるだけでいい」という言葉を
最近よく耳にするようになった気がするが
どこか半信半疑というか。
「でもみんなこんなにイキイキしてるのに」
と右往左往していたけれど、

①簡単にやりがいを見つけられた人
②努力してやりがいを見つけた人
③本当に偶然やりがいに出会った人
④未だに見つからない人

 

と、人によりけりなんだとも思った。
やりがいを無理やり作りだす雄介のような
人もいるということ、
つまり「やりがい」「生きがい」は
そのへんに石ころのように転がっていて
簡単に見つかるものではないんだ、
努力して「生きがい」「やりがい」へと
変貌させている人も少なくないんだと
気付けたことが
この本を読むことで
得た最大の収穫だった。



「生きがい」「やりがい」は
無理やり「あるんだ」と思い込んでいるうちに
見つかるかもしれないし、
運命的にポンと出会えるかもしれないけれど、
「なくてもいい」、「なくて当然」。
そう思うと、一気に生きるのが、呼吸するのが
ラクになるかもと私は思った。

 

最後に、「生きがいを求めて生きているの」
で私のハートに響いた文章を列挙しておきます。
できれば完読して欲しいけれど、抜粋文を
だけでも凄いです。



◆「生きがいを求めて生きているの」
共感、感動した文章集

・「大切なことでもあると思うの、人と対立することって」
対立って言葉は正しくないかもしれないけれど、と
亜矢奈が一度、言葉を噛み砕く。
「部活でも、隣のレーンが誰かによってタイムが変わったり、
競うべき相手がいるからこそ自分が磨かれるってこと、
あるもん。(略)ただ、大切なのは(略)その人自身や
他者を傷つけることに向かないこと…
(誰かを傷つけたり見貶めたり)


・手当たり次第に生きがいを見つけ出そうと
しなくていい。

・周囲から“生きている”と認識されるために敵を
設定するうような生き方はおかしい

・分断による線引きで自分の存在を確かめるんじゃなくて
(略)別々なものとして共に生きていくためにはどうすれば
いいのかを考える、それでは、雄介の言う生きがいには
足らないだろうか。


・(略)自分とは何かが必ず違う誰かと共に
この世界で(略)考え続けながら生きることは、
これまでに連綿と続いた分断の歴史と言う巨大なものに
立ち向かうことそのものではないだろうか。


・自分だけにできることも、世の中への多大な影響力も
いらない。(略)対立しては対話をする。
それでいい。(略)対立を生む原因だった“違い”こそが、
実は大きなつながりをもたらすのだという実感が
待っているはずだ。


・生きがいを感じられない、人生の意味も自分の価値も
わからない…そう感じても、この世界で生きている以上、
誰もが必ず繋がっている。
(略)他者との摩擦熱でしか体温を感じられないほど
独りを感じても、歩いているその道は、今この時代を
生きる全員で挑む山を乗り越えるための一筋の光
でもある。